メガネのサカイ(酒井時計店)

福島県石川郡石川町下泉165  電話 0247-26-2716  毎週火曜定休 営業時間 9時~19時

カテゴリ: 会長シリーズ


「自分の体力を試してみたいんだ」

全てはこの言葉から始まった。

 購読している福島民報の記事に檜原湖ファミリーサイクリング大会(以下大会)出場者募集の記事があった。一郎九十二歳の春のことであった。一郎はテレビを見る、本を読むなどじっとしている行為が苦手なため畑仕事や庭掃除など常に体を動かしていた。そんな性格のため高齢者とは思えない体力があるのと、生来の体の丈夫さもあり、九十二歳とは思えないくらい元気に日々を過ごしていた。大会は桧原湖の左回りコース約三十二㎞を三時間半以内に完走するルールである。毎日一時間以上自転車で運動している一郎が興味が湧くのは必然かもしれない。孫の健太郎と共に出場を決めた一郎は大会当日スタートゲートを前に胸を高鳴らせていた。

「パンッ」

スタートのピストルが鳴った。一郎最大の挑戦が幕を開けたのだった。コース前半を快調に駆け抜けた一郎であったが、後半の長い上り坂に体力を奪われ正念場を迎えていた。歯を食い縛り必死に自転車のペダルを漕ぐ。

「年齢なんてただの数字」

背後から見ていた孫の健太郎は、一郎がこの言葉を体現していると思った。見事、制限時間内に完走し、一郎は最年長参加者として表彰された。年齢が公表され会場がどよめいたのは言うまでもない。翌年も完走し、二年連続で最年長参加賞を受賞。翌々年は三連覇を狙ったが脱水症状により途中棄権。その後は練習中に転倒し大腿骨を骨折。自転車どころか歩くこともできなくなったのであった。

 それでも、九十七歳になった一郎は孫の健太郎の結婚式に出席していた。ずっと気に掛けていた孫の結婚。一郎は涙した。それから二ヶ月後、一郎は息を引きとり天寿を全うする。若い頃は苦労の連続であったが、同年代の多くが若くして戦死した中、この歳まで生きた一郎は幸せだったと思う。(完)


※ 2021年5月21日折込のチラシに掲載した記事です。


「もうダメだ、死ぬかもしれない…」

 一郎は極寒の地シベリアで二十四歳の誕生日を迎えた。一郎は大正十一年お菓子屋の長男として生まれる。十三歳で子供のいなかった叔父の家に養子になる。時計屋の後継者としてだ。二十一歳の時に徴兵され満州の陸軍航空隊に配属。終戦と同時にソ連の捕虜となり、極寒のシベリアの地で炭鉱堀や森林伐採など過酷な労働を強いられていた。二十代の若者でも根をあげるくらい過酷な日々に一郎は精も根も尽き果て、いよいよ死が脳裏をよぎり始めていた。一説によると約七十万人がソ連に捕虜として移送隔離され、厳寒の環境下で満足な食事や休養も与えられず苛烈な労働を強要され約六万人が死亡したといわれる。

「日本に帰りたい…家族に会いたい…」

そんな絶望の中、収容所内にあるパン工場の定員に空きがでたことで一郎に声がかかる。一郎が選ばれた理由は日々の労働で手を抜かずに真面目に作業していたこと、それが上司の目にとまり採用に至ったのだ。結果的に労働環境が良いパン工場に異動できたことで難を逃れ、四年後の帰国が叶ったことになる。

「真面目に頑張っていれば誰かが見ていてくれる。」

これが後の一郎の糧となったのだ。

 帰国後妻の陽子と結婚し二人の子宝に恵まれる。時計屋と牛乳屋を両立し早朝から夜まで仕事に明け暮れた。平成五年に息子正喜に代替わりしてからは詩吟に旅行と余生を楽しんだ。そんな一郎も気づけば九十二歳の誕生日を迎えたのだった。  (続く)



※ 2021年3月26日折込のチラシに掲載した記事です。

今日の石川町 晴れ


DSC_0826



当店の2代目で現会長である(私の祖父)酒井一郎氏です。


大正11年(1922年)2月10日生まれ、元気に育ち石川小学校卒業後、私立石川中学校(現 学法石川高校)へ入学、当時は義務教育が小学生までだったので中学は今で言う中学と高校を合わせたもので5年間だったそうです。17歳で無事卒業し家業の時計屋を手伝い始めました。昭和17年20歳の時に徴兵検査を受け、太平洋戦争時は中国の遼寧省に派遣されました。終戦後はシベリア抑留で、4年間地獄のような強制労働をさせられ何度も栄養失調になり命を失いかけたそうです。そんな過酷な状況でも生き残れたのですから人一倍体が丈夫なのかもしれませんね。



DSC_0772

会長17歳 セブンティーンです。

DSC_0776

柔道部に所属してたそうです。




大正11年生まれの会長も2月で95歳になりました。テレビを見る本を読むといった、じっとしている行為が苦手なため家事に掃除に畑仕事と1日中体を動かしています。そんな性格のため年寄りとは思えない体力があるのと、生来の体の丈夫さもあってとにかく元気です。


※ ちなみに漫画家の水木しげるさんはお亡くなりになりましたが同年の3月生まれなので同い年になります。


そんな祖父ですが4年連続で、自分の体力を試したいという理由で自転車の大会に出ることになりました。



第35回桧原湖一周ファミリーサイクリング大会(2017.5.21)


http://kitashiobara-shoukoukai.com/hibarako-cycling/guideline.html

桧原湖一周ファミリーサイクリングコース
休暇村裏磐梯多目的広場をスタートし、桧原湖の左まわりのコース約30kmを、3時間30分以内に
完走する。



ファミリーサイクリング大会っていうから、ゆるい感じの大会だと思いますが平坦な道はあまりなく上り坂下り坂の連続です。途中心が折れそうな上り坂が2か所あります。そんな激しいコースのためリタイアする参加者も少なくありません。


DSC_1469

上り坂には毎回苦労します。

DSC_1450

猛暑も体に堪えます。





初めて出場した時の動画です。横で見づらくすいません。。




DSC_0070

会長着用サングラス

オークリーSG 009270-04 ジョーブレーカー
フレームカラー:ポリッシュドホワイト
レンズカラー:プリズムロード


LINE_P20160531_192239762

DSC_0135


初年2年目と見事完走をはたし最年長参加賞も頂きました。3年連続の最年長参加賞を狙った昨年は張り切りすぎて水分補給を怠り脱水症状でまさかのリタイア(泣)会長は自分の体力を過信してるところがあるので上手くペースメイクしなくてはなりません。



DSC_0837

DSC_0838

昨年まではベーシックなママチャリで出場してましたが、体力の衰えもあり上り坂が厳しくなったので今年は電動アシスト自転車で参加します。


DSC_0836



今年は完走できるように頑張って欲しいです。現在も週5ペースで約8キロのサイクリングをしてるので体力的には問題ないかと思います。私も引率で出場しますので会長に負けないように頑張ります。 


ところが…

GW、いつもの練習中坂道で転倒してしまい会長は骨折してしまいました。右足の大腿骨転子部を骨折してしまい手術することになり現在入院中です。手術を終えたらリハビリを始め歩行訓練が始まります。高齢者なのでどこまで体力が回復するかわかりません。

これからどうなってしまうのかと暗い気持ちでいましたが、転倒時助けてくださり救急車の手配をしてくれた方と先日お話したら、「卒寿を超えてもチャレンジする姿勢に大変感動しました。年齢や老いを言い訳にしてはいけませんね。手術とリハビリが上手くいったら是非また大会に出てほしい!お祖父様に勇気づけられました。」と、嬉しいお言葉を頂きました。

昨年のリタイアから、この1年しっかりとトレーニングしてきたので大会前の負傷は本人としても残念でならないと思います。会長がもし来年の出場を目指すのであれば家族みんなで精一杯サポートしていきたいと思います。。(健)


今日の石川町 晴れ 日曜日の北塩原村 快晴


DSC_0090


日曜日は会長の引率で第35回桧原湖一周ファミリーサイクリング大会に参加してきました。

昨年は朝から天気が不安定でしたが、今年はスタート前からカンカン照り☀
厳しいレースになりそうな予感です。







DSC_0067

DSC_0066

DSC_0043


今年もたくさんの参加者がいました。なんと1000人以上の参加で遠方だと石川県から来た方もいたそうです。
DSC_0037

DSC_0040

DSC_0041

今回は親戚を含め約20人で参加しました。

DSC_0047


この日のために1年間トレーニングを続けてきました。スタート前神妙な面持ちの会長。

DSC_0063


スタート直前。少しずつ笑顔が出てきました。緊張感を楽しんでいるようです。


DSC_0077

DSC_0078

スタート前、気持が高ぶり早くスタートしたがってる会長を孫が「順番だから」となだめてます。


DSC_0082

Are you ready?

DSC_0093

DSC_0094

DSC_0096

DSC_0097

スタート時で気温は28度、タフなレースになりそうです。

DSC_0101

日差しが強烈です。

DSC_0115

DSC_0109

気温が高いので日陰があると有難く感じます。

DSC_0116

DSC_0118

第1休憩所も無事通過。この日の会長はコンディションが良く絶好調のようです。

DSC_0121

DSC_0122

DSC_0130

DSC_0132


動きもキレキレです。

LINE_P20160531_192239749

LINE_P20160531_192239759

LINE_P20160531_192239762

第2休憩所前の直線コースを爆走する会長。もはや無双状態です。






ところが…





第2休憩所(約15㎞地点)にてまさかのアクシデント発生‼
水分補給が足りなかったのか、会長は熱中症に掛かってしまいまさかのリタイア(>_<)
本人は「まだやれる、できる。」と言いましたが、大事をとって途中リタイアすることにしました。

当たり前ですが、祖父は戦前の人間なので子供の頃運動中に水分補給をすると怒られる環境で育ちました。そのせいなのか今でも運動中の水分補給に積極的ではない感じがします。こういった当たり前の部分から意識改革の必要性がありそうです。


DSC_0135

リタイア後、体調が回復し笑顔が戻った会長。






当たり前ですが完走しないと最年長参加賞はもらえません。今年の男性の最年長参加賞のかたは85歳だっただけに悔やまれます。


リアイアしてしまいましたが、レース途中までたくさんの方々にエールを送ってもらい会長も嬉しそうでした。しかし翌日になると悔しさがこみ上げてきたのか、水分補給を怠ったことをとても悔やんでました。さらに数日たってもため息が多く、まるで甲子園で敗退した高校球児のように落ち込んでいました。


すでに来年の参加を表明した会長、長い1年間が始まりますがしっかりと準備をして臨みリベンジしてほしいと思います。会長の挑戦は続くのであります。 (健)


今日の石川町 晴れ

今日は朝から暑いですね。あえてドラクエ風のタイトルにしてみました。


DSC_0058


当店の2代目で現会長である(私の祖父)酒井一郎氏です。

大正11年生まれの会長も2月で94歳になりました。テレビを見る本を読むといった、じっとしている行為が苦手なため家事に掃除に畑仕事と1日中体を動かしています。そんな性格のため年寄りとは思えない体力があるのと、生来の体の丈夫さもあってとにかく元気です。


※ ちなみに漫画家の水木しげるさんはお亡くなりになりましたが同年の3月生まれなので同い年になります。


そんな祖父ですが昨年一昨年に引き続き、自分の体力を試したいという理由で自転車の大会に出ることになりました。



第35回桧原湖一周ファミリーサイクリング大会(2016.5.29)


http://kitashiobara-shoukoukai.com/hibarako-cycling/guideline.html

桧原湖一周ファミリーサイクリングコース
休暇村裏磐梯多目的広場をスタートし、桧原湖の左まわりのコース約30kmを、3時間30分以内に
完走する。



ファミリーサイクリング大会っていうから、ゆるい感じの大会だと思いますが平坦な道はあまりなく上り坂下り坂の連続です。途中心が折れそうな上り坂が2か所あります。そんな激しいコースのためリタイアする参加者も少なくありませんでした。


DSC_0070

会長着用サングラス

オークリーSG 009270-04 ジョーブレーカー
フレームカラー:ポリッシュドホワイト
レンズカラー:プリズムロード


昨年一昨年と見事完走をはたし最年長参加賞も頂きました。たぶん3年連続の最年長参加賞は間違いないと思いますが、今年も完走できるように頑張って欲しいです。現在も週5ペースで約8キロのサイクリングをしてるので体力的には問題ないかと思います。私も引率で出場しますので会長に負けないように頑張ります。 (健)

このページのトップヘ